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無題 - 創価学会の魔の正体は

2018/02/18 (Sun) 13:42:36

衝撃事実拡散

【創価学会の魔の正体は、米国が仕掛けてるAI(人工知能)】

犯罪組織を特定して、拡散していく事でこの犯罪は減って行きますから、盲滅法にバラまいて、世間に浸透させてます

最近異常気象が目立ちますど、台風も地震も大雨も、米国がHAARP(高周波活性オーロラ調査プログラム)で作り出したもんです。「HAARP、地震」 「HAARP、台風」等で検索してもらえば出ます

この世の痛み、病気、自殺、殺人、事故、火災等、この世のほぼ全ての災いをAIを使って秘密裏に作り出してる組織がNSAで、総括してるのが米国防総省です。この犯罪は、クソダニ米国がやってる国家犯罪です

この犯罪の主犯各は、米国の諜報機関(スパイ、政府機関)のNSAです。CIA(スパイ)が創価を日本統治に利用してるってのもあって、NSAが創価の悪事に便乗して、創価になりすまし、創価を利用してやってる犯罪です

AIを活用したレジ不要のコンビニ、米アマゾンの「Amazon Go」このコンビニは、人の動作、音声、商品棚の重さ等をAIが細かくチェックして、お客が商品を持って出ると、ケータイで自動精算されるので、レジが必用無いわけです

このシステムからわかる事は、AIは多くの人の行動を1度に管理出来るし、多くの人の一挙手一投足を、見逃さずに監視出来るって事です

このAIの技術を米国が悪用して、人工衛星を使い、地球上の全ての人を、24時間体制で監視盗聴して、創価信者や悪さした人を病気にしたり、事故らせたりして災いを与えます

こんなに大規模な犯罪なのに、あまり世間に浸透してないのは、AIが遠隔から各個人の生活スタイルを24時間体制で見て、生活に沿った病気や痛みを与えて来たからです。重い物を持ったら腕に痛みを与えたり、ツラい事があったら鬱にしたり等。相手に覚られず、任務を遂行するスパイ組織が主犯各なんで、私生活に便乗して、違和感を持たせずにやります

青森県三沢基地には、 NSAの電波傍受(盗聴)施設がありますし、世界中に通信傍受施設を配備してるので、地球上のどの地点にいても、ケータイやPC等の通信機を介して盗聴します

この犯罪は、GPS (全地球測位システム)を使ってやるので、地球上のどの地点にいようと、どんな建物の中に入ろうと、継続的に、監視追跡出来ますし、どこに居てもピンポイントで、痛みやカユミや病気を作れます

そもそもGPSは、米国防総省が軍事目的で開発したもので、管理運用も国防総省がしてます。NSAは国防総省の管轄で、CIAが大統領の直轄。台風や地震を作り出すHAARPも、米国防総省主導によるプロジェクト。この地球規模犯罪を総括してる組織は、米国防総省って事です

ノイズキャンペーン(騒音の嫌がらせ)に至っては、救急車のサイレンで嫌がらせする為に、AIが重篤な患者を作り出しますし、パトカーが付きまといをする集団ストーカーは、警察に通報させないように、人工知能が警官を操って、いかにも警察が嫌がらせしてるように、工作します。警官は、自分が操られてる事に気付いてません。これらは全国でやってますから、警察関係者は知らぬ間に、多くの人に恨みをかってるって事です。警察の内部事情は全て筒抜けで、パトロールに行く時間も全てAIが把握してますから、それに便乗する形で警官を操り、定規で測ったかのような、神懸かった抜群のタイミングで集ストします

行く所行く所で周りの人が咳払いしたり、くしゃみをしたりする集団ストーカーは、AIが被害者の周りの人に波動を当てて、咳払いやくしゃみをさせてるだけです。いかにも集団でストーカーしてると思わせて、心理的負担をかけてるだけです

咳をした時の周波数と同じ周波の波動を当てると、人為的に咳を出させる事が出来ます。例えば、TBSラジオ90.5MHz、ニッポン放送93.0MHzに周波数を合わせると、これらのラジオを聴けます。これと同じように、食欲が湧かない時の周波数、眠れない時の周波数って具合に、それぞれの周波数と同じ周波を当てると、ラジオが切り替わるように、その状態に切り替わって、意識操作や精神疾患を作り出せます

生態の周波数コードを読み取って、脳波パルス信号に、同じ周波数を送ると、波動が共鳴して、その状態に切り替わります。例えば、人が右に曲がる時の周波数コードを読み取って、その周波数と同じ周波を送ると、いとも簡単に右に行かせる事が出来ます。これを利用すれば、警官を操って、パトカーに集ストさせる事も、たわいないです。好き嫌いの感情、食欲等を操る事なんか、造作もないです

例えば、蛍光灯に虫が集まるのは、ある決まった周波数の紫外線に、吸い寄せられてるからです。逆にいうと虫ですら、周波数で操作が可能って事です。昆虫類は、それぞれが違った周波数の光に誘引される性質があるんで、どんな虫でも周波数を変えると、自在に操作が可能って事です

創価が仏敵によくヤる、家の中に害虫を呼び込んだり、カラスを屋根の上に集めて暴れさせたり鳴かせたり、犬を吠えさせる嫌がらせも、AIが軍事技術を用いてヤってます

ちなみに、27~38Hzで不眠に、48~55Hzで喘息に、88Hzで片頭痛が引き起こされます。それぞれの病気が、それぞれ決まった周波数を持ってます。これらの周波数と同じ周波を当てれば、どんな病気でも作り出せるって事です

CHAGE&ASKAのASKA氏が釈放されてすぐに、新潟県糸魚川市で大規模火災発生

ASKA氏が、集団ストーカーの事を記した700番て本を、2月17日に発売してますけど、この本が発売される1日前の2月16日に、通販会社のASK UL (アスクル)の倉庫が、1週間近くに渡って燃え続ける火災発生。創価の本尊を燃やすと、その家が火事になるんですけど、これらは全てAIが工作してやったもんです

創価の活動家は、頻繁に病気や事故に遭うんですけど、信者は皆、魔(仏罰、現証、非科学的な原始的発想)にヤられてると思ってます。災難が続くと、信者は仏にすがって、学会活動や選挙活動に精を出すようになるので、定期的に科学技術で災いを与えます。モチベーションを上げさせる為の、起爆剤みたいなもんです

https://shinkamigo.wordpress.com

平時子・・・ - satto320

2018/02/11 (Sun) 06:51:05

ウィキで平徳子の母の平時子を見てみると

中級貴族の平時信の娘で、母は二条大宮(令子内親王)の半物(氏素性は未詳)・・・

あれ?なんでだろう?

尊卑分脈では以下のように記載されている

「親宗 母大膳大夫藤家範女
 そのすぐ横に
 女子 従二位時子清盛公室建礼門院御母並宗盛公以下母 母同」

この意味は,時子の母は親宗と同じですよだと思ったのですが・・。

それから平親宗の母は2説あるようです。

もうひとつの説は・・・


●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂ー常主ー安吉雄ー良基ー澄清ー女子(藤原中正室)ー時姫(藤原兼家室)ー道隆ー隆家ー経輔ー師家ー家範ー基隆ー女子(平時信室)ー親宗

藤原家範1048-1123
藤原基隆1075-1132 平時信?-1149
平親宗1144-1199 平時子1126-1185
いずれにしても親宗は橘氏流・・・。

でも年代を見る限り,親宗と時子は同母ではないですね。


ウィキの「母は二条大宮(令子内親王)の半物(氏素性は未詳)・・・」がきっと正しいのでしょう。

つまり徳子の入内にあたって,また,皇后とするためには,時子の母をより正当な橘氏流に改竄する必要があったのではないかと思われます。

ということで

平徳子の流れは
●橘三千代(美努王妃)ー牟漏女王(藤原房前室)ー真楯ー内麻呂ー冬嗣ー長良ー有子(高棟王妃)ー平惟範ー時望ー直材ー親信ー行義ー範国ー経方ー知信ー時信ー時子(平清盛室)ー徳子(高倉天皇皇后)ー安徳天皇

ちなみに,
平滋子は母顕頼卿女とあります。

●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂ー常主ー安吉雄ー良基ー澄清ー女子(藤原中正室)ー時姫(藤原兼家室)ー道隆ー隆家ー経輔ー女子(藤原忠家室)ー俊忠ー忠子(藤原顕頼室)ー祐子(平時信室)ー滋子(後白河天皇妃)ー高倉天皇


●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂ー常主ー安吉雄ー良基ー澄清ー女子(藤原中正室)ー時姫(藤原兼家室)ー道隆ー隆家ー女子(藤原兼経室)ー敦家ー女子(藤原忠家室)ー俊忠ー忠子(藤原顕頼室)ー祐子(平時信室)ー滋子(後白河天皇妃)ー高倉天皇

藤原俊忠の母は2説あるようです。

藤原経輔1006-1081 藤原敦家1033-1090
藤原忠家1033-1091
藤原俊忠1073-1123
藤原俊成1114-1204
可能性としてはどちらもありそうです。いずれにしても橘氏流の藤原隆家孫です。と考えるなら時子の母も尊卑分脈の流れが自然ではないかと思うのですが・・。

誰かの日記に「母は二条大宮(令子内親王)の半物(氏素性は未詳)・・・」と書かれているのかなあ?

時子達の母 - 通行人A

2018/02/18 (Sun) 10:17:12

はじめまして。時子・時忠・藤原親隆(忠通の乳母子)室の母の半物については『吉記』治承5年(1181年)5月28日条に書かれていました。吉田経房は建春門院判官代などで滋子の側近として仕えていて清盛とも親しかったですし、時忠の長男の時実の妻が経房の娘ですからこの情報の経緯は間違いないと思います。土御門天皇の外祖父の能円と時子達は異父兄弟です。

おっしゃるとおり母方の身分が強かった時代ですから時子の母が半物という身分の低さに懸念があって表向きは時子・時忠の母は親宗と同母と偽っていて公式記録にもそう書かれて後世の系図も混乱したのではないでしょうか。この事が時子達と親宗の不仲にも影響したのかもしれませんね…。

柴田洋太郎慶応入学できない - 学歴詐欺

2018/02/17 (Sat) 10:46:11

インチキ学歴やめろ

皇后・・ - satto320

2018/02/16 (Fri) 17:45:54

そうそう,すっかり忘れていました。

公卿・・・その後の公卿となる清和・光孝・宇多・醍醐源氏もすべて橘氏流なのでした。

●橘三千代(美努王妃)ー橘諸兄ー奈良麻呂ー清友ー嘉智子(檀林皇后)ー仁明天皇ー文徳天皇ー清和天皇ー・・・清和源氏
●橘三千代(美努王妃)ー橘諸兄ー奈良麻呂ー清友ー嘉智子(檀林皇后)ー仁明天皇ー光孝天皇・・光孝源氏
●橘三千代(美努王妃)ー橘諸兄ー奈良麻呂ー清友ー嘉智子(檀林皇后)ー仁明天皇ー光孝天皇ー宇多天皇・・・宇多源氏
●橘三千代(美努王妃)ー橘諸兄ー奈良麻呂ー清友ー嘉智子(檀林皇后)ー仁明天皇ー光孝天皇ー宇多天皇ー醍醐天皇・・・醍醐源氏
●橘三千代(美努王妃)ー橘諸兄ー奈良麻呂ー清友ー嘉智子(檀林皇后)ー仁明天皇ー光孝天皇ー宇多天皇ー醍醐天皇ー村上天皇・・・村上源氏

と考えると,橘嘉智子はほぼすべての公卿の祖先,大名の祖先。もし仮に橘氏が聖徳太子の流れならば,なぜこれほどまでに聖徳太子が長い間,それから日本全国で「太子祭」が催されるほど崇め奉られているのかが納得いくのです。

※当初は蘇我氏・藤原氏の流れが皇后や天皇に影響があったのかと思っていたのですが,光明皇后には全くその流れは見えません。

●橘三千代(藤原不比等後室)ー光明皇后

むしろ橘三千代こそ,その後の日本史に大きな影響を及ぼしたと見るほうが妥当ではないかと考えるわけです。「源平藤橘」・・なにやらおまけのように恩われがちな「橘氏」ですが,聖徳太子の流れのものならば,それは実は逆であったということになるわけです。さて,状況証拠こそあるものの,橘三千代はなぞに包まれたまま・・・。どうなんでしょうか?またまた「比企尼」のようになってしまいました・・・。







 

橘氏 続き - satto320

2018/02/09 (Fri) 17:56:20

いちおう藤原賢子の流れも・・・
●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂ー常主ー安吉雄ー善基(良基)ー女子(嵯峨源氏源唱室)ー?周子(醍醐天皇更衣)ー源高明ー俊賢ー隆国ー隆俊ー隆子(源顕房室)ー藤原賢子

※尊卑分脈では橘信乃守善基。良基も同じ信乃守なので同一人物と考えられる。
※周子の母は不明だが,流れからすると良基娘と考えられる。

ただ,
●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂ー常主ー安吉雄ー良基ー澄清ー女子(藤原中正室)ー時姫(藤原兼家室)ー道長ー尊子(源師房室)ー顕房ー藤原賢子(白河天皇中宮)ー堀河天皇

隆盛を極めた藤原道長は2人の正室をとります。
いろいろ流れはありますが,1番の流れは以下のように思います。

①宇多源氏源雅信の娘 倫子

●橘三千代(美努王妃)ー橘佐為ー女子(藤原是公室)ー雄友ー女子(藤原総継室)ー?女子(源融室)ー湛ー女子(藤原時平室)ー?女子(敦実親王室 )ー源雅信ー倫子(藤原道長室)

②醍醐源氏源高明の娘 明子

●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂ー常主ー安吉雄ー善基(良基)ー女子(嵯峨源氏源唱室)ー?周子(醍醐天皇更衣)ー源高明ー明子

●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂ー常主ー安吉雄ー善基(良基)ー女子(嵯峨源氏源唱室)ー?周子(醍醐天皇更衣)ー雅子内親王(藤原師輔室)ー愛宮(源高明後室)ー明子

橘氏・・藤原北家の正当性を保つためには欠かせない家だったのではないかと推察します。


 それから1つわかったことが・・・

橘三千代を調べてみると,以下の記載が・・・

「『万葉集』巻十九には、神護4年(727年)に光明子に皇子が誕生した際に三千代が詠んだと考えられている県犬飼養命婦の和歌が収められている。また法隆寺大宝蔵院には三千代の念持仏と伝えられる伝橘夫人厨子と内部に収められる阿弥陀三尊像が伝来している。」
 法隆寺を調べてみると・・・

 「阿弥陀三尊像及び厨子(橘夫人厨子)(国宝)
飛鳥時代後期(白鳳期)。やはり金堂に安置されていたもの。厨子内の阿弥陀三尊像は飛鳥時代後期(白鳳期)の金銅仏の代表作で、蓮池から生じた3つの蓮華の上に三尊像が表されている。阿弥陀三尊像及び厨子(橘夫人厨子)(国宝)」

 法隆寺金堂に橘三千代の念持仏が伝えられている。
法隆寺に・・・。
 やはり橘三千代は聖徳太子となんらかの関わりがあったと見てよいのではないでしょうか?

徳川和子2 - satto320

2018/02/08 (Thu) 19:51:48

それから仮冒とみられる新田氏の流れ・・・

●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂ー女子(式家藤原貞本室)ー正峯ー在興ー正倫ー合茂ー敦信ー明衡ー敦基ー女子(源義国室)ー義重ー得川義季ー頼氏ー教氏ー家時ー満義ー政義ー親季ー有親(長阿弥)ー松平親氏ー泰親ー信光ー親忠ー長親ー信忠ー清康ー広忠ー徳川家康ー秀忠ー和子(後水尾天皇中宮)ー明正天皇

 それから幻の後鳥羽天皇妃・・・
●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂ー常主ー安吉雄ー良基ー女子(藤原保陰室)ー道明ー尹文ー永頼ー能通ー実範ー季兼ー季範ー女子(源義朝室)ー頼朝ー大姫・三幡



 さらに北朝崇光天皇后?足利頼子(鶴王)

●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー嶋田麻呂ー常主ー安吉雄ー良基ー女子(藤原保蔭室)ー道明ー尹文ー女子(藤原斉敏室)ー懐平ー経通ー女子(藤原憲輔室)ー盛実ー顕憲ー盛憲ー清房ー上杉重房ー頼重ー清子(足利貞氏側室)ー尊氏ー頼子

 どうもこの橘氏の流れは日本史に大きな影響を与えたようです。源頼朝,足利尊氏,仮冒とみられますが新田氏流徳川氏・・すべて橘氏流・・・





徳川和子 - satto320

2018/02/08 (Thu) 18:52:25

もう1人いました。後水尾天皇の中宮となった徳川和子。

いちおう寛政譜ではこんな流れになるかと・・・。

●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂ー常主ー安吉雄ー良基ー女子(藤原保陰室)ー道明ー尹文ー永頼ー能通ー実範ー季兼ー季範ー範忠ー女子(足利義康室)ー義兼ー義氏ー吉良長氏ー満氏ー貞義ー満義ー満貞ー俊氏ー義尚ー義富ー女子(西郷正員室)ー正勝ー女子(戸塚忠春室)ー西郷の局(徳川家康側室)ー秀忠ー和子(後水尾天皇中宮)ー明正天皇

調べた結果・・・ - satto320

2018/02/06 (Tue) 21:20:37

●橘三千代(美努王妃)ー牟漏女王(藤原房前室)ー真楯ー内麻呂ー冬嗣ー長良ー有子(高棟王妃)ー平惟範ー時望ー直材ー親信ー行義ー範国ー経方ー知信ー時信ー時子(平清盛室)ー徳子

●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂ー常主ー安吉雄ー良基ー澄清ー女子(藤原中正室)ー時姫(藤原兼家室)ー道隆ー隆家ー経輔ー師家ー家範ー女子(平時信室)ー時子(平清盛室)ー徳子


ありました!しかもやはり天武天皇の流れも・・・。

●用明天皇ー聖徳太子ー?高向王ー?天武天皇ー十市皇女(弘文天皇妃)ー葛野王ー池辺王ー※淡海三船ー女子(橘島田麻呂室)ー常主ー安吉雄ー良基ー澄清ー女子(藤原中正室)ー時姫(藤原兼家室)ー道隆ー隆家ー経輔ー師家ー家範ー女子(平時信室)ー時子(平清盛室)ー徳子

これは偶然なのか?


 あとは,藤原乙牟漏と藤原帯子か・・・
これが見つけられません。

「藤原乙牟漏」

藤原不比等ー宇合ー良継ー乙牟漏

●阿倍内麻呂ー御主人ー広庭ー粳蟲ー古美奈(藤原良継室)ー乙牟漏

①阿倍内麻呂ー橘娘(天智天皇妃)ー明日香皇女
 
※明日香皇女は、持統天皇の訪問を受けたり、彼女の病気平癒のために108人の沙門を出家させたりなど、他の天智天皇皇女に比べて異例の重い扱いを受けている。ウィキより

②阿倍内麻呂ー橘娘(天智天皇妃)ー新田部皇女(天武天皇妃)ー舎人親王ー淳仁天皇

③阿倍内麻呂ー小足媛(孝徳天皇妃)ー有間皇子

予想としては①②③の関係から考察すると,阿倍内麻呂の妃は橘氏(聖徳太子の流れ)と考える。 ※橘娘がカギ?

藤原帯子 ただし平城天皇の贈皇后(生前は皇太子妃)

藤原不比等ー宇合ー良継ー諸姉(藤原百川室)ー帯子
藤原不比等ー宇合ー百川ー帯子

ここも阿倍内麻呂の流れ・・

●阿倍内麻呂ー御主人ー広庭ー粳蟲ー古美奈(藤原良継室)諸姉(藤原百川室)ー帯子

あ,もしかして・・・

聖徳太子ー○ー○ー県犬養三千代 から・・

①蘇我稲目ー堅塩媛(欽明天皇妃)ー推古天皇(敏達天皇妃)ー尾張皇子ー橘大郎女(聖徳太子妃)ー手嶋女王(県犬養黒比古妻)ー東人ー橘三千代

あるいは
②蘇我稲目ー堅塩媛(欽明天皇妃)ー推古天皇(敏達天皇妃)ー尾張皇子ー橘大郎女(聖徳太子妃)ー白髪部王ー女子(県犬養東人妻)ー橘三千代

この流れではなく

●蘇我稲目ー堅塩媛(欽明天皇妃)ー推古天皇(敏達天皇妃)ー尾張皇子ー橘大郎女(聖徳太子妃)ー手嶋女王(?阿倍内麻呂室)ー橘娘(天智天皇妃)ー新田部皇女(天武天皇妃)ー舎人親王ー淳仁天皇ー安倍内親王



これかも・・・

なぜなら
●蘇我稲目ー堅塩媛(欽明天皇妃)ー推古天皇(敏達天皇妃)ー尾張皇子ー橘大郎女(聖徳太子妃)ー手嶋女王(?阿倍内麻呂室)ー女子(県犬養東人妻)ー橘三千代(藤原不比等後室)ー光明子(聖武天皇皇后)ー阿倍内親王(称徳天皇)

※なぜ孝謙天皇の諱は阿倍内親王という名なのか・・・もしかして阿倍内麻呂に関係するのかもしれない。それから数ある皇子の中で孝謙天皇は後継者を母親が高貴ではない淳仁天皇にしたのか。阿倍内麻呂に関係があるからではないだろうか。ちなみに淳仁天皇の娘の安倍内親王。ウィキによると,もともとは山於女王という方だったらしい。

「安倍内親王(あべ ないしんのう、生年不詳)は、奈良時代の皇族・伊勢斎宮。淳仁天皇の娘。母は不詳。
父の即位前は山於女王(やまのうえのじょおう)と呼ばれていたが、即位後に斎宮に卜定され、内親王宣下により名を改めることとなった。」

そう考えると,

●蘇我稲目ー堅塩媛(欽明天皇妃)ー推古天皇(敏達天皇妃)ー尾張皇子ー橘大郎女(聖徳太子妃)ー手嶋女王(?阿倍内麻呂室)ー橘娘(天智天皇妃)ー新田部皇女(天武天皇妃)ー舎人親王ー淳仁天皇ー安倍内親王

「藤原乙牟漏」は・・
●蘇我稲目ー堅塩媛(欽明天皇妃)ー推古天皇(敏達天皇妃)ー尾張皇子ー橘大郎女(聖徳太子妃)ー手嶋女王(?阿倍内麻呂室)ー御主人ー広庭ー粳蟲ー古美奈(藤原良継室)ー乙牟漏

時代考証

聖徳太子574-622
手嶋女王?-?   阿倍内麻呂?-649
阿倍御主人635-703 橘娘?-681 天智天皇626-672
阿倍広庭659-732  新田部皇女?-699 天武天皇?-686
阿倍粳蟲?-?   舎人親王676-735
藤原良継716-777  淳仁天皇733ー765
藤原乙牟漏760-790    桓武天皇737-806
平城天皇774-824

結局,「橘三千代」の流れは・・

◎蘇我稲目ー堅塩媛(欽明天皇妃)ー推古天皇(敏達天皇妃)ー尾張皇子ー橘大郎女(聖徳太子妃)ー手嶋女王(?阿倍内麻呂室)ー?女子(県犬養東人妻)ー橘三千代(藤原不比等後室)ー光明子(聖武天皇皇后)ー阿倍内親王(称徳天皇)

このように予想します。

皇后とは・・・ - satto320

2018/02/06 (Tue) 18:21:22

 光明皇后が人臣として初めて藤原氏出身の皇后となったのだが,ここで不思議なことが起こる。その後,先の橘氏の檀林皇后が皇后となる。日本の皇后一覧を見れば,あとは皇女だったりと,いずれも藤原氏の流れのものである。檀林皇后,それから平徳子だけが異質である。

 実は皇后にもある一定の制限があったのではないかと考えられる。征夷大将軍が坂上田村麻呂の流れの者でなければならないと同じように・・。
 逆の発想でこれはどうだろうか。光明皇后以降は・・。
 仮説「皇后・中宮となるには,橘氏の流れの者でなければならない。」

 そうすると,檀林皇后はど真ん中。
●橘三千代(藤原不比等後室)ー光明子(聖武天皇皇后)

●橘三千代(美努王妃)ー橘諸兄ー奈良麻呂ー清友ー嘉智子(檀林皇后)

藤原氏北家の流れは

●橘三千代(美努王妃)ー牟漏女王(藤原房前室)ー真楯ー内麻呂ー冬嗣ー良房・・・藤原北家・・・

隆盛を極める藤原道長にいたっては

●橘三千代(美努王妃)ー諸兄ー島田麻呂室)ー常主ー安吉雄ー良基ー澄清ー女子(藤原中正室)ー時姫(藤原兼家室)ー道長・・・以降,橘氏長者(是定)は藤原氏になったようだ。

ウィキ 学館院 注より
^ 九条兼実の『玉葉』安元3年(1177年)6月5日条及び一条兼良の『公事根源』4月・梅宮祭条によれば、藤原兼家の正室藤原時姫の母が中納言橘澄清の娘であったために、澄清の曾孫にあたる関白藤原道隆が是定の地位を獲得し、その弟道長が子孫に継承させたという。

 さて,この仮説が正しければ,平徳子にも橘氏の流れがあるかもしれない。まだ調べていないがどうだろうか。

源平藤橘のなぞ - satto320

2018/02/05 (Mon) 22:36:00

 なぜ「源平藤橘」なのだろう?この疑問がうかびあがってきました。ネットで調べてみたところ,やっぱり同じように疑問に思っている人がいました。

※「源平藤橘」がいわれる様になったのは鎌倉時代ごろなのだとか・・・

http://nanyanen.jp/history/myouji.html

以下,引用

それにしても、現実に朝廷の中枢を多く占めていた「源藤」(「源」については、清和源氏ではなく村上源氏や宇多源氏など)や武士の血統として「源藤」と拮抗していた「平」はともかくとして、何故「橘」が並列されるようになったんでしょうね? 同僚の歴史学者に訊いてみたり、図書室で調べたりしてみましたが、確実なところはわかりませんでした。 が、どうも以下のような考え方で大体間違いはなさそうです。

・・と,なぜ。「橘」が入るのかの理由を4点あげていました。

特に共感したのは,人臣から皇后となった者はこの4姓しかないとの説。

たしかに・・・鎌倉時代までの皇后・中宮は
・藤原氏・・・光明皇后をはじめとし多数。
・源氏・・・・藤原賢子 藤原師実の養女という形だが,実父は村上源氏源顕房
・平氏・・・・平清盛娘の平徳子
そして橘氏・・・檀林皇后,(光明皇后も橘氏といえるかも)

さて,この橘氏の皇后2人にある共通点がある。

光明皇后:ウィキより
「光明皇后は仏教に篤く帰依し、東大寺、国分寺の設立を夫に進言したと伝えられる。また貧しい人に施しをするための施設「悲田院」、医療施設である「施薬院」を設置して慈善を行った。夫の死後四十九日に遺品などを東大寺に寄進、その宝物を収めるために正倉院が創設された。さらに、興福寺、法華寺、新薬師寺など多くの寺院の創建や整備に関わった。」


檀林皇后:ウィキ「帷子辻」より
「平安時代初期、嵯峨天皇の皇后であった橘嘉智子(たちばなの かちこ、786年 - 850年)は仏教の信仰が厚く、檀林寺を建立したことから「檀林皇后」と呼ばれた。また貴族の子弟教育のために学館院を設けるなど、多くの功績があった。」
さらに「皇后は、自らが深く帰依する仏教の教えに説かれる、この世は無常であり、すべてのものは移り変わって、永遠なるものは一つも無い、という「諸行無常」の真理を自らの身をもって示して人々の心に菩提心(覚りを求める心)を呼び起こそうと、死に臨んで、自分の亡骸は埋葬せず、どこかの辻に打ち棄てよと遺言した。」・・・

杉本氏の小説「檀林皇后私譜」もう一回読み直してみとうと思います。

 橘氏と仏教・・・どうしても聖徳太子を思い描いてしまうのです。







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